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エリオン

エリオン 先生

幻視者エリオン

鑑定歴:25 年

在住:埼玉県

性別:男性

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2008/05/31 18:37
ハードキャンディ−ロリコン

映画「ハードキャンディ」の中で何度も「ペドフィル」(pedophile)という言葉が出てくるんですが、日本語では「ロリコン」と言ってました。

しかし、私にはやや違和感のある訳です。その持っている倫理上の重さが違うからです。

「ロリコン」はもともとは「ロリータ・コンプレックス」という言葉が略されたものです。

そして「ロリータ」(Lolita) は、ロシア生まれのアメリカの作家、ウラジーミル・ナボコフの小説なんですね。

12才の女の子に対する中年の大学教授の愛情を描いたもので、文学史上非常に重要な作品と見なされています。

ただ、外国では「ロリータ・コンプレックス」はそれほど一般的な言葉ではないようです。

これに対して、日本では「ロリコン」はある程度市民権を得ていて、書店やコンビニなんかではその関係の雑誌が沢山おいてあります。

また、自分を堂々とロリコンだと認める男性も結構います。

2008/05/30 17:53
ハードキャンディ、男の悪夢 (2)

そして、ヘイリーは彼を去勢する(俗に言う玉抜きですね)と宣言します。未成年の少女に手を出そうとするロリコンに対する罰だと言うわけです。

彼は恐怖にかられ、怒り、なだめ、懇願しますが効果がありません。

そして・・・

と言う話です。

もちろん、このあとにひねりがあり、真実が明らかにされます。

しかし、男性にとっては最悪の悪夢ですね。まあ、ジェフが悪いんですが。

なんでも監督は日本で起きた女子高校生の親父狩りの事件からアイデアを得たそうです。

それから主演の14才の女の子を演じたエレン・ペイジは実際には19才だったとのこと。14才に見えたなあ。だから女は怖い(こればっかり)。

出会い系サイトを利用している人が結構いるようですが、こんなことも可能性としてはありますから(ここまで極端ではないにしても)、注意したほうがいいですね。

もう少し書くことがありますので、続きは明日。

では。

2008/05/29 18:13
ハードキャンディ、男の悪夢

今日も映画の話をします。

そろそろ違う話をしようと思っていたんですが、昨日観た映画がかなりショッキングだったので取り上げることにしました。

タイトルは「ハードキャンディ」で、その過激な内容から一部では話題になったので、知っている人は知っているでしょう。

2005年に発表されたデイヴィッド・スレイド監督のサイコ・サスペンス映画です。

内容を簡単に説明します。

出会い系サイトで14才の女の子ヘイリーと知り合ったプロカメラマンのジョフは実際に会うことにします。

そして彼女を自宅に連れて行き、酒を飲ませようとします(14才なのに)。

すると彼女は自分でスクリュードライバーを作ると言い出します。

ジョフは喜んで飲むんですが、そのまま気を失ってしまいます。睡眠薬を盛られたんですね。

眼が醒めると台の上に縛りつけられていました。まったく身動きが取れません。

2008/05/28 17:39
フランケンシュタインとタイムマシン、科学と倫理 (2)

キリスト教徒と日本人とでは死生観が違いますし、特に神に対する罪の意識がまったくかけ離れています。

とすれば、神うんぬんはキリスト教徒以外には通用しない論理でしょう。

そしてどんなに言ったところで、必ずそれを破る人間が出きます。

実際にある有名な宗教団体がクローンベビーを作り出すことに成功したと発表し、話題になったことがあります。

私には生命の創造が神のみに許される所業であるとの教えは、人の生命に対する未練をさとすために言われていることのような気がします。

しかし、科学とはそうした宗教にとらわれるべきではないのではないでしょうか。

生命の創造にしても人の手が届くのであれば、それは人が行うべきものであるはずです。

神がいるとしても、神はもっと人智の及ばないようなものを統べているのだと思います。

ちょっと論理的に破綻していると思いますが、これはあまりにも深いテーマですので、ご容赦ください。

では。

2008/05/27 18:04
フランケンシュタインとタイムマシン、科学と倫理

昨日書き忘れましたが、タイムマシンで時間を遡っても過去を改変できないのは有名なタイムパラドックスのためです。

ただ、タイムパラドックスについて説明するは大変ですので、興味がある方は自分で調べてください。

ところで、フランケンシュタインでもタイムマシンでも、主人公は愛する人をなくし、それが受け入れられずに、科学の力でなんとかしようとします。

生命を作り出そうとしたり、歴史に干渉しようとしたり。

そして、こういう場合に必ず出てくるのが、倫理の問題、というか神に対する罪の意識の問題です。

生命にかかわることは神の所業であって、人がかかわるべきではないとの主張ですね。

最近のDNA関係の研究、特にクローン技術に関してこうしたことがよく言われます。

しかし、こうした論理は私にはよくわかりません。

2008/05/26 17:22
フランケンシュタインからタイムマシンへ (2)

この映画の原作の小説も有名ですね。「フランケンシュタイン」と並んで古典的SFの名作です。というか、作者のH.G.ウェルズはSFの父ともいうべき人ですが。

私も大昔読んだような気もするんですが、まったく覚えていません。

もちろん何度も映画化されていまして、昨日の映画はその中でももっとも最近のものでした。
当然ながら、ストーリーはかなり変えられていたようです。

まあ、それはいいとして、簡単に説明すると、恋人を強盗に射殺されたある科学者が彼女を助けるために過去を改変しようとする話です。

それでタイムマシンを作って事件の前に戻ります。しかし、強盗との遭遇を避けることはできても、今度は恋人は車に引かれて死んでしまいます。

そのため彼はどうして過去は変えられないのかを知るためにに未来に旅立ちます。

しかし、80万年後には文明は消滅してしまい、原始生活に戻った人々がいるだけでした(えらく未来まで行ったものです)。

ここから映画は冒険の話になってしまいます。そして、タイムマシンは壊れてしまい、彼はその時代に留まることを余儀なくされるのですが、そこで知り合った女性と恋に落ち、結局は幸せになるという結末です。

それはないだろう。タイムマシンを作り、過去を変えてまで助けたいと思った彼女への愛はどうなったんだと言いたいですね。

この映画のテーマは男心の移ろい易さでしょうか(そんなわけあるかい)。

2008/05/25 17:55
フランケンシュタインからタイムマシンへ

最近は暇なので本を読むかテレビ、映画を見て時間をつぶしています。

今日は「ハイテンション」というフランス製スプラッタ映画を観ました(私はスプラッタ系やホラー系の映画はあまり好きではないんですが)。

それが昨日書いたようなひねりの入ったストーリーだったんですね。

意味がわからない方は昨日の文章を読み直してください(ネタを割るようで申し訳ありません)。

シンクロシニティというほどではありませんが、偶然とは面白いものです。

ただ、昨日書き忘れたことがあります。

それは夢・幻想オチは原則的にはルール違反なので小説や映画では使わないほうがいいということです。

それはそうですよね。どんな破天荒な話でも実は主人公の夢でしたで決着をつけることができます。

しかし、それではよほどうまい工夫がしていない限り、読者は頭にきます。

それはそれとして、今日は昨日観た「タイムマシン」の話をします(タイトルにあるように「フランケンシュタイン」に繋がります)。

2008/05/24 18:14
フランケンシュタインとその怪物の物語 (5)

そう言えば、この間、やっていた「世にも奇妙な物語」のいくつかのエピソードも最後がどんでん返しで終わっていましたが、みんなひねりが足りないんですね。

ストーカーに悩まされる男性の恋人のつもりの女性自身がストーカーだったり、連続殺人犯の記憶映像を見ていたはずの男性自身が連続殺人犯だったりと、パターンが同じで、途中で結末が簡単に予想できるような話ばかりでした。

現代の読者は小説「フランケンシュタイン」の書かれた時代よりもずっとひねくれていますから、あと2ひねりくらいしないと誰も驚いてくれないでしょう。

ちなみ書いておきますと、SF・ミステリー作家の山田正紀さんはフランケンシュタインの妻殺しを彼自身を犯人とする短編小説を書いています。

ただ、怪物は実際に存在したことになっていますが。

2008/05/23 17:38
フランケンシュタインとその怪物の物語 (5)

昨日書いた粗筋なんですが、別の見方をすることができます(昨日の文章はフリだったんですが、長すぎたかな)。

すべてはフランケンシュタインの幻覚のなせるわざだと解釈することです。

フランケンシュタインは、研究に明け暮れ、疲れた果てたあげく麻薬を打ち、精神のバランスを失ったんですね。

彼は医学も勉強していましたから、麻薬なんかも簡単に手に入ったはずです。

そして、幻覚の中で幼い弟や親友、そして新妻まで殺してしまったんです。

しかし、無意識下では殺人を犯したことを知っていますから、罪の意識から逃れるために怪物を想像で作り出したというわけです。

その証拠に、彼以外に怪物を見た人間はいません。

そして、やはり無意識のうちに罪をつぐなうために、北極まで行き、最後は自殺します。

といった具合です。

まあ、この程度では大して新解釈とは言えません。ひねりが足りないと言うか。

2008/05/22 17:41
フランケンシュタインとその怪物の物語 (4)

そのため怪物は激怒し、フランケンシュタインの幼い弟、親友、そして彼の最愛の新妻まで殺します。

彼だけが幸せになるのが許せなかったんです。

すべての係累を殺されて復讐の鬼となったフランケンシュタインは、怪物を追いかけます。

なんと北極まで追いかけるんですが、結局、疲れ果てて死んでしまいます。

それを見た怪物はフランケンシュタインの死体を抱いて、一緒の氷原に消えていきます。

終わり。

蛇足を書きますと、怪物はフランケンシュタインからわざと逃げなかったんですね。彼を父親と思い、愛憎が入り交じった感情を抱いていたわけです。

しかし、私に言わせれば、すべてフランケンシュタインの責任でしょう。

彼は自分の研究の本当の意味をろくに考えもせずに、生命を作り出し、その結果に驚いて逃げ出しています。

そんなことなら初めからやらなきゃいいんです。

まったく責任感がないというか。しかも、自分が作り出した怪物がをどうなったかも気にもせずに、故郷に帰って結婚します。

その上、怪物の伴侶となる女性の生命体を作るとの約束も反故にしています。

これでは怪物が怒って当然でしょう。まあ、フランケンシュタインの係累を皆殺しにするのはちょっと行き過ぎですが。

2008/05/16 17:57
フランケンシュタインとその怪物の物語 (3)

小説「フランケンシュタイン」のストーリーですが、あまり知られていないと思いますので、簡単に紹介します。

19才の青年ヴィクター・フランケンシュタインは母親の死に直面し、生命の謎を解明することを決心します。

そして、大学でカミナリの膨大な電気エネルギーを利用して死人をよみがえらせるとの研究を進めるんですね。

最終的に実験は成功するのですが、フランケンシュタインは自らの創造物の醜さに驚き、そして生命を作り出すということの罪深さに耐えきれなくてって逃げ出してしまいます。

見捨てられた怪物は当然ながら人々からは受け入れられず、山小屋に逃げ込みます。

そこで人の生活を盗み見て、自分の孤独を知った怪物はフランケンシュタインに会いに行き、伴侶を作ってくれと頼みます(そう言えば、「フランケンシュタインの花嫁」という映画もありまして、これもなかなか面白いですよ)。

しかし、一度は引き受けたフランケンシュタインも再び生命を作り出すことの罪深さにおびえ、また、怪物が子供を作り増えることによって人類が脅かされると考えて、約束を破ります。

2008/05/15 18:57
フランケンシュタインとその怪物の物語 (2)

ただ、アメリカで撮影されて大ヒットした映画が、原作を大きくアレンジしたものだったために、まったく違ったイメージが定着してしまっています。

たとえば、「フランケンシュタイン」は科学者の名前であって、彼が作った人造人間には名前がなく、単に怪物とかクリエーチャ(creature:創造物)と呼ばれています。

再び、余談ですが、この話がここまで成功を収めたのはそのネーミングに負うところが大きいと思います。

単に「怪物」ではあれですし、「スミス」なんて名前だったら絶対駄目でしょう。

はやり「フランケンシュタイン」でないと。だから怪物自体の名前になってしまったんでしょうね。

もちろん、原作に忠実な映画化やドラマ化も何度も行われており、確かロバート・デ・ニーロが怪物役を演じた映画もありました。

それ以外にも私はいくつか観ています。

そして、偶然ですが、原作に忠実に作られたテレビドラマが、やはり先週BSで放映されていました。

2008/05/14 17:07
フランケンシュタインとその怪物の物語

ちょっと前に、テレビで「あらすじで楽しむ世界名作劇場」をやっていました。

この番組は、世界的な名作をタレントが粗筋をいろいろな形で紹介するというもので、面白くて、教養も身につくので、私はいつも見ています。

それで今回は「フランケンシュタイン」が取り上げられていました。

この小説は本当に有名ですね。私も高校生の時に読んだことがあります。

作者はメアリー・シェリーで19才の時の作品だそうです。

余談ですが、この作品が誕生した経緯をケン・ラッセル監督が1986年に映画にしています(「ゴシック」)。

「フランケンシュタイン」自体も映像的に非常に魅力があるために、今まで何回映画化されたかわかりません。

なんでもエジソンが最初に作った映画の一つがこの「フランケンシュタイン」をテーマにしたものだったそうですから。

2008/05/13 17:27
お酒と煙草で美人に見える!? (続き)

たとえば、通常の視力を持つ男性がビールを5パイント(約2.8リットル)飲み、やや空気の汚れたかなり薄暗い部屋で1.5m離れた女性を見ると、βは55になります。

これは中程度のビール・ゴーグル効果の影響を被っていることになるそうです。

方程式の値βが1以下ではこの効果は働いておらず、1と50の間では今ひとつの人でも、「そう見苦しくない」と思うようになります。

50を超えると突然、冴えない人を魅力的と感じるようになり、100を超えるとどんなにあれな人であってもスーパーモデルに見えるんですね。

ただし、100なんて言うと、ぐでんぐでんで煙草の煙で目の前のものもろくに見えないくらいの状態のはずです。

長生きできないだろうなあ。

それはいいとして、調査によると多くの人(68%)が、酒場で知り合った人に電話番号を教え、後でその人間が全然魅力的ではなかったことに気付いて、大いに悔やんだ経験があるとのことです。

まあ、酒の上の過ちでもそれがきっかけで幸せになることもないわけではありませんから、このビール・ゴーグル効果も必ずしも悪いことではないかも知れませんが。

一応、言っておきますと、この計算式は一種のジョークですから、あまり本気にしないように。

では。

2008/05/12 21:28
お酒と煙草で美人に見える!?

酔っぱらうと、外観的にハンディを持つ人(非常に慎重な表現です)も美人に見えるようになるとよく言います。

この現象をビール・ゴーグル効果と呼ぶのですが、これを科学的に解明しようとの試みが行われています。

マンチェスター大学の研究者たちによれば、ビール飲みの目に美人が見えてしまうのは、アルコールの総量だけのせいではないとのことです。

酔いに加えて、バーやクラブの明るさ、酔っぱらい自身の視力、および部屋にたなびくタバコの煙の程度を考慮しないといけません。

もちろん、見る人と見られる人の距離も重要です。これらが相乗して、人を普段よりも魅力的に見せるわけです。

これを方程式で表すと下の式になります。

β = (An)^2 × d(S+1) / √L × (Vo)^2

ここでAnはアルコール消費量、Sはバーやクラブの空気の汚れ、Lは対象女性に対する照明量、Voは視力、dは女性との距離です。

効果の大きさを示すβ値は1以下から場合によっては100以上にまで跳ね上がります。

2008/05/11 18:07
幽霊の話(11)

正しい行いをすべきであるとの考えかたには反対する理由はありませんが、何でもカルマで片付けると、それで納得してしまいます。

そのために、問題の真の原因を究明せず、対策も立てないままにしてしまう恐れがあるんですね(運命だから仕方がないとの考え方に似ています)。

今日まで、霊、臨死体験、カルマ等について長々と書いてきましたが、私はこれらすべてを否定しているわけではありません。

ただ、存在しているとの根拠が厳密な条件の下で検証されたことはないと言っているだけです。

私は自分の意見に固執するつもりはありません。もし、根拠が客観的に示されれば、認めるのにやぶさかではありません。

感情に走らず、論理的な反論があれば、ぜひお聞かせください。

2008/05/10 17:28
幽霊の話(10)

これは明らかに差別思想ですし、貧富の差を社会的不公正や政治が原因ではなく、人々の前世での行いのせいだと考えています。

また、身体障害者や社会的に虐げられている人にを見ても、「前世のカルマ」で済ませてしまうと、他人に対する同情心を失くすことになりかねません。

大体、たとえば事故で子供を失くした人は、それはその子供が前世で悪いことをしたからだと考えて納得できるのでしょうか。

本気でカルマを信じているのならば、身体に障害を持って生まれた子供に向かって、君は前世で悪いことをしたからそんな体に生まれたんだよと言えるのでしょうか。

要するにカルマとは人々に正しい行いとさせるために考えられた方便なのです(地獄、極楽も同じです)。

2008/05/09 17:39
幽霊の話(9)

ついでに言えば、解脱すれば輪廻転生から解放されるですから、釈迦の生まれ変わりと言うのはナンセンスなんですね。一部の教祖なんかはそう主張していますが。

念のために申し上げますが、ここまではカルマの説明で、私が信じているわけではありません。明日はカルマに対する疑問を書きます。

カルマを信じる人たちは次のようなことを言います。

「人はみな前世のカルマを背負っています。

前世で悪行を重ねた人は、次の世でその罰を受けるんです。通り魔殺人の犠牲になったり、車にはねられたり。

地震なんかの災害に遭遇して死ぬ人と死なない人がいるのはそのせいです。

善人は間一髪で助かるし、前世が悪いことをした人は苦しみながら死ぬわけです。

前世は神による修業の場です。神は人間たちを地上で自由に振舞わせ、その行いを監視しています。

他人を虐待した者は、次に生まれ変わると虐待側に回されます。

罪を悔い改めない限り何度生まれ変わってもひどい境遇のままです。

アメリカなどに見られる差別を受けるマイノリティも、前世で罪を重ねた人がああいう階層に生まれ変わるんですね。

前世の性格をそのまま引きずっている人も沢山います。だから犯罪の発生率も高いんです」

2008/05/08 17:35
幽霊の話 (8)

カルマには大きく分けると善業(アカルマ)と悪業(ヴィカルマ)の2つがあります。

善業は「あらゆる生命の発展」に繋がる行為であり、今世で善業を積んでおけば来世で幸せになります。

そして、悪業は「あらゆる生命の破滅」に繋がる行為であり、悪業を積むと来世で不幸になります。

ですから現世の幸、不幸は前世の行いの良し悪しですでに決まっているわけです。

そして、カルマは、たとえば、誰かを傷つけたら、同じように誰かに傷つけられるまで消えません。

傷つけたと言う「原因」から、そのカルマを消化する為の「縁」が生じ、傷つけられると言う「結果」を招き、初めてカルマは消化されるわけです。

人は誕生と再生を繰り返しながら、カルマを負い、消化します。

これは「悟り」という極致に到達するまで繰り返されます。これが輪廻転生です。

しかし、悟りを開けば万物は苦悩を本質とする現世から開放され輪廻から開放され解脱します。

解脱はすべてのものにとっての最終で究極の目標とされています。そのために人は修業を積むわけです。

2008/05/07 21:59
幽霊の話(7)

しかし、この場合も実際には存在しない、または知られていない言語を話すだけで、たとえば中世の英語やフランス語を正しく話した例はありません。

前世を飾る傾向は人の前世がわかると称する霊能者にも見られます。

相談者の前世や守護霊として上げるのがほとんどの場合、貴族、武士、僧侶といった比較的受け入れ易いものばかりなんですね。

退行催眠で語られる前世の話は、本人の無意識(意識的でなければですが)の願望が現われたものであることが結構あります。

また、被術者の暗示によって作り上げられたフィクションだったりします。結局、歴史小説やドラマから得た知識なんですが。

そのために、いい加減な時代考証を鵜呑みにして、当時ありえなかったような習慣や服装を語ります。

そして、霊との対話と同じく、前世を思い出した人の記憶からそれまで知られていなかった歴史上の重要な事実がわかったなんてことはまったくないんですね。

ほとんどの方がカルマという言葉は聞いたことがあると思います。また、大体の意味はなんとなくご存知でしょう。

一応説明すると、カルマはインドの古語で「行動」を意味し、ヒンズー教や仏教など、東洋の宗教に多く見られる因果応報のことです(日本語では「業」と言います)。

一言でいうと、人の取る行動のすべては(前世も含めて)、回りまわっていつかは自らに帰ってくるという考え方ですね。

2008/05/06 18:28
幽霊の話(6)

ついでに書くと、臨死体験とした後に多くの人は信仰心が深くなったり、死が恐くなくなったと証言しています。なかには超能力や霊能力を得たとする人もいるようです。

死が恐くなくなるのは結構なことだと思いますが、超能力に関しては今のところ客観的に証明できるものはないようですね。

次に臨死体験の続きとして、当然の流れと言える(そうかなあ?)前世の記憶とカルマの話をします。

前世を記憶していると主張する人間は世界中に沢山います。いわゆる生まれ変わりですね(特にインドに多いようです)。

しかし、彼らのほぼ全員が厳しい歴史的検証をパスしていません。彼らの話は記録に合致しないか、重大な歴史的誤りがあります。

前世の記憶を人為的に思い出させるのが退行催眠です。

時々テレビ番組でもやっていますが、催眠術をかけられたタレントが自分はイタリア人だったとかイギリス人だったなんて言います。

どうも格好良すぎるのはまあいいとして、前にも書いたように、そんなにはっきりと覚えているのならその国の言葉を話せないのは不思議です※。

※生まれ変わりを主張する人が、異言といって、本人がまったく知らないはずの言葉を話すことがあります。

2008/05/05 16:56
幽霊の話(5)

しかし、アメリカとインドで数百人の末期患者の証言を集めて、実施された臨死体験の研究では必ずしもこれを肯定する結果が出ていません。

インド人患者の約半数は臨死体験の最中、死者の王ヤマ(閻魔大王)やその使者であるヤムドゥート、クリシュナ神などを見たと言っています。

アメリカでは13%が、天使やイエス・キリスト、聖母マリアの姿を見ましたが、インドではそんな例はほとんどありません。

そして、アメリカ人でヤマやヤムドゥートを見る人は皆無なんですね。

同じように、日本人では「三途の川」を見る臨死体験者が多いのですが、西欧にはほとんどいません。

これは臨死体験が文化的現象であり、体験者の知識、つまり、上に書いたように経典や聖書に書かれている死後の世界のイメージに影響を受けていることの証明だと思われます。

そして、アメリカでは17%、インドでは21%の臨死体験者がまだ生きている友人や家族に会っています。

生きている人間があの世にいるわけはありませんから、これは臨死体験が幻覚であることを示すもう一つの証拠ですね。

2008/05/04 18:23
幽霊の話(4)

たとえば、1984年に亡くなった心霊研究家のロバート・H・タウレス博士は、死の前に暗号を残し、死後にその解読法を送ってくると約束しました。

しかし、彼の死後、8人の霊媒がタウレス博士と交信しましたが、博士は霊媒の口を借りて「解読法を思い出せない」と語っただけです。

歴史上の様々な謎が霊からの情報で解明されたこともありません。

テレビでよく見る自称霊能者の方もそれらしいことを言って、相談者に涙を流させますが、重要なことや具体的なことは何も語らないようです。

昨日は霊が死後の世界のことを語ったことはないと書きましたが、これに対して、臨死体験であの世の入口を見た人はどうなるとの意見があるかも知れません。

一応、説明しておきますと、臨死体験とは、人間が事故や病気などが原因で一度死亡したと医師に診断された後、回復した際に体験したと証言したものですね。

著名な評論家の立花隆氏は、よくある臨死体験のパターンとして、三途の川を見た、お花畑の中を歩いた、魂が肉体から飛ぴ出した、などを挙げています。

その他にもいろいろありますが、大体、私たちがよく聞く仏教その他の経典や、聖書などに書かれている「死後の世界」に非常に似ているようです。

2008/05/03 18:25
幽霊の話(3)

昨日、幽霊は魂または知性がないと書きましたが、彼らは非常に不自然な形で現世の人間とコンタクトを取るだけで(心霊写真等)、大抵無口です。

伝えたいことがあるのならはっきり言えばいいのに、何か言ったとしても、断片的で謎めいたことしか口にしません。

人類の歴史上、すでに何百億という人が世を去っているはずですが、なぜかほとんどの霊が自分が存在しているという確かな証拠を示そうとしないんですね。

信憑性のある目撃談の中で、幽霊が故人にしか知り得ないような情報を語ったという例は皆無です。

誰もが知りたがる死後の世界について幽霊が具体的に語ったという例にいたっては全世界にただのひとつもありません。

確かに、霊が本人しか知りようがない情報を語ったという話を耳にすることはあります。

しかし、それらの報告はどれも偶発的で、検証が難しいんですね。

報告者の勘違いや、偶然の一致と考えられるものばかりです。

インチキ霊媒師によるトリックや無責任なマスメディアによる誇張や創作も多いですし。

また、現在まで行われた厳密な条件の下で死後の世界の実在を証明しようとする実験はすべて失敗に終わっています。

2008/05/02 18:38
幽霊の話 (2)

どうも「幽霊は存在するはずだ」という人間の信念に合わせて出現するだけのように見えます。

つまり幽霊は多くの人が「ここに幽霊が出る」と信じれば出現するんですね。

たとえばまったくでっちあげの心霊ポイント(実際にありました)でもそれが知られるようになると目撃者が次々と現われたりします。

それから、よく霊魂と言いますが、どうも幽霊には知性や魂はないみたいですね。

彼らの多くは生前の行為を機械的に繰り返しているだけだからです。

有名なホワイトハウスを歩き回るリンカーンの霊、毎晩峠の急カーブを走り続ける事故死したライダーの霊、家に帰るためにタクシーを呼び止める若い女性の霊、病院の廊下を徘徊する患者の霊等々。

知性を持たないロボットのように、単純なプログラムに従って不自然な行動を延々と繰り返しているだけで、意味があるとは到底思えません。

2008/05/01 18:28
幽霊の話(否定的見解)

今日はちょっと暑かったですね。

なんでも北海道では30度を越したそうですが、夏が早めにくるんでしょうか。

ところで日本では夏というと何故か怪談が好まれるようで、テレビなんかでも実話、ドラマを問わず幽霊の話をよくやっています。

私は前から幽霊について疑問に思っていることがありますので、今日はその話をします。

幽霊の話をあまり真面目に取り上げるのは野暮かも知れませんが。

まず、幽霊の出る場所ですが、これにあまり法則性が感じられません。

もし、生者の意志とは無関係に死者のうち一定の比率が幽霊として出現するのなら、大量の死者が出た場所には大勢の幽霊が出現するはずですが、そうはなってはいません。

広島の爆心地やアウシュビッツのガス室跡に何百、何千の幽霊が出現したという話は聞いたことがないでしょう。