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きりか

キリカ-kirika- 先生

マインドセラピスト

鑑定歴:3 年

在住:愛知県

性別:女性

先生にメッセージを送る

鑑定方法への質問や日記の
コメントなどにご利用いただけます。

2008/05/31 20:56
“明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(5)

 もうひとつの仮面性格;「ペルソナ数9」

 この性格は他人の気持ちに同調し、とても情け深く、
いたわりがある反面、情に流されやすいので常に心に傷を
持った人が自分の周りにいてエネルギーを吸い取られやすい
環境を作ってしまいます。

 ただ、残念なことに同情心そのものは確かに美しくても、
相手を慰める以上の力が無いようです。デリケートな部分が
あると思いますが、その優しさが仮面的ものの表れだとすれ
ば、それは「みんなに頼りにされたい。イイ人だと思われ
たい。」という無意識の中の心の現れなのかもしれません。
 ただ、この仮面的性格は人と問題を分かち合ったとしても
解決までには至ることが困難。他人の苦労を背負いきれない
もののようです。

 数の中では“6”も“9”もとても心優しいことで
共通しています。そのぶん、それが建前になると本来の
気持とは違った部分として仮面をかぶってしまうことが
あるのかもしれません。
 大事なことは、本当に手を差し伸べたいのか?差し伸べる
べきなのかをもう一度冷静に自分に問いてみることなのかも
しれません。

2008/05/31 17:18
イベント開催のお知らせ

 みなさん、こんばんは。
 今日はあまり良いお天気とは言えませんでしたが、
それでも土曜日。どちらかへ出かけてそろそろお帰りの
頃かもしれませんね。夕飯の支度に大忙しの方もいらっしゃる
ことでしょう。

 さて、急なことではありますが、イベントのお知らせです。

 明日、6月1日(日)に名古屋市内某所にて、無料鑑定イベント
を開催いたします。
 地元での社会貢献活動の一環として、近郊にお住まいの
方へ何かできることはないかと思い、開催することになりま
した。

 当日は予約制となっております。
 こちらのサイトをご覧いただき、もし、ご希望でしたら
 (052)771−0352
までお電話くださいませ。詳細をお伝えいたします。

 以上、イベントのお知らせでした。お待ちしております。

2008/05/28 00:27
”明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(4)

 ここでもやはり共通して要注意なのは「ペルソナ数」
が“6”と“9”です。
 「ペルソナ;6」は、常に自分より他者を優先し、
他人のために役に立ちたい!というイイ人の仮面です。
いつも誰かのためになら・・・と願いながら行動します。
 ただ、それは周りからの愛を集めて大切にされたいと
願う愛情願望が強いため。そのおかげで、万が一手助けした
相手が傲慢な人だったら感謝どころか当たり前のこととして
利用されてしまいます。

 イイ人の”仮面”をかぶっていると人はそれを何気なく
感じ取ってしまうのかもしれません。心からの親切なら
問題にもならないのかもしれませんが、こういった問題の
表れとなると話は別です。
 その“イイ人”ぶりには周りが皮肉的な目で見てしまう
のでしょうか?「優等生ぶって!」などと言われて
いじめられてしまう傾向があるのかもしれません。

 打開するには、もっと自分に正直になることです。
 本当にその人の役に立ちたいのか?それとも単に
「もっと愛されたい」という願望なのか?を見定めてみる
のです。それができるようになれば仮面から解放され、
独特の個性や魅力が出てきて本当に愛してくれる人が
しっかりと根付くようになるでしょう。

2008/05/28 00:13
”明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(4;プロローグ)

 少し間が空いてしまいましたが、前回の続編です。

 誕生数はその人が持つ最も具体的かつ、一番の割合を
占める姿です。しかし、人にはそれぞれ表と裏があります。
言い換えれば「本音」と「建前」。それを数秘術では
「ハート数(氏名の母音を数に置き換え、1桁になるまで
足した数)」「ペルソナ数(同様に子音を数に置き換え、
1桁になるまで足した数)」と呼びます。前者は家族や
ごく親しい友人、パートナーにしか見せない心の奥にある
本音的姿、後者は社会や知人などに表面的な”仮面”と
して見せている姿です。

 では、それがいじめ問題になるとどのようになるので
しょうか?
 ここでは「ペルソナ数(仮面的性格)」を見ていきます。

2008/05/25 23:36
やっぱり”人”あっての人生!!

 こんばんは。
 本来であればいじめシリーズの続きを書くべきところ
ですが、今日はちょっと別のことを書きたいと思います。

 今日はいつもコラム執筆でお世話になっている新聞社の
ご協力をいただき、読者の方への鑑定プレゼントという
形でのイベントを行いました。本来であればこのイベント
は2月に終了しているはずのもの。しかし大雪でやむなく
延期をせざるを得ませんでした。そこから今日まで
の3ヶ月間、首を長くしてみなさんが待っていてくださった
のです。今日もあまりよいお天気とは言えなかった中、
貴重な時間を割いてイベントに参加してくださったこと、
「今日この日を楽しみにしてました!」「新聞記事はいつも
切り抜いて読んでいます。」おっしゃってくださったこと、
そしてまた今日という日を迎えるために必死に日程や
場所を準備してくださった関係者スタッフの皆様にも
この場をお借りして御礼申しあげます。

 1000人いれば1000通りの人生があります。そして今日も
そこに触れ、様々なドラマに出会いました。また、そこで
流された涙の美しさ、子を想う想い、たとえ不運が訪れた
としても人生のチャンスまでは奪われていない!という
信念!!改めてこの仕事に就くことができて本当によかった
と思います。やっぱり”人”あって、”縁”あっての人生です!

2008/05/23 00:31
”明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(4)

 また、誕生数が”2”になる人にもいじめられ経験者
の可能性があるようです。
 たとえば、1979年3月27日生まれの場合、
1+9+7+9=26、2+6=8 2+7=9
8(年)+3(月)+9(日)=20.2+0=“2”

 誕生数“2”の人もとても心優しい人だと言われて
います。そして彼らはとかく対人関係において対立が
好きではない『平和主義者』です。
 また、優柔不断な節があり、一見おとなしそうな人に
見えるのも特徴的です。

 明日は仮面的な性格などの数でお話ししようと思います。

2008/05/23 00:06
”明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(3)

 いじめられっ子の多くは恐らくとても気が優しいような
気がします。強気に「自分が一番!!」と思うよりも
どこか引っ込み思案だったり・・・。
 たとえば私たちが用いる占術に”数秘術”というものが
あります。古代バビロニア時代から伝わる、西欧で最も
ポピュラーなものです。
 これを参考に数の世界からひも解いてみましょう。

 誕生数(西暦から順に自分の生年月日を1桁になるまで
足し算した数です。)ならば”9”になる人が傾向として
いじめの対象となってしまうことがありうるようです。
(もちろん、絶対的ではありません。)
 例えば、1962年10月8日生まれですと、
1+9+6+2=18、1+8=9(年) 1+0=1(月) 8(日)
9(年)+1(月)+8(日)=18、1+8=9←これが誕生数です。

 誕生数”9”という数は、その他全ての数が持つ
エネルギーを含んでいるので、周囲の人に対して大変
共感したり、同情したりできるのが特徴です。とても
繊細で心優しすぎる人道主義者なのです。人の気持ちが
痛いほどわかってしまう分、他人のトラブルにいつの
間にか足を突っ込んでしまっていることが多々あります。

2008/05/22 00:43
”明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(2)

 本当は同じ地球に生まれて、名前を付けてもらい、
息をして、笑ったり泣いたり怒ったり・・・。
 みんな何も違わないのです。ただ、たとえば国籍が違う、
見た目が日本人離れしている、家族の縁にあまり恵まれ
なかったり・・・。だけど、それに関して何か迷惑等を
かけたのでしょうか?
 世間一般が思っている「普通」に当てはまらない
ようなもの、「自分とは違う」という考えがいじめを
巻き起こしているような気もします。

 では、「普通」とは一体何なのでしょう?
 そしてなぜ、いじめっ子はひとりで誰かをいじめない
のでしょう?

 たとえ、かけっこが遅くったって、絵を描くのが上手。
     太っていたって笑顔はピカイチ!
     国籍や見た目が違ったとしても、誰より優しい。

 人と違うことがあったとしても、それはみんなその人の
”個性”なんですよネ。そしてそこにはマイナス要因と
見られているものがあったとしても、逆にプラスのもの
だって必ずあるはず!そうやって人はバランスが取れて
いるんだと思います。         (明日へ続く)

 
 

2008/05/22 00:28
”明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(1)

 「なぜ、いじめられるのか?」

 いじめられっ子にそれを問いても恐らく大半は答える
ことが難しいと思います。なぜなら、彼らのほとんどは
本当の理由がわからない。私もそうでした。そして
考えても答えが出てこない・・・。なぜ?ということに
関してはきっと???????がいっぱいで心に追い打ち
をかけてしまうかもしれません。

 まず、常識的な見解から考えます。
 ・動作が遅い(のろい) ・勉強ができない
 ・会話のキャッチボールが苦手
 ・場の空気が読めない(KY)
 ・太っている ・家庭環境が他と違っている
 ・国籍等の差別 ・太っているなどの身体的なもの
 ・要領が悪い(仕事ができず、ミスが多いなど)etc.

 要するに簡単にまとめればいわゆる「普通、一般的
じゃない」と判断されし者がいじめられやすいのでは
ないでしょうか?
 

2008/05/22 00:04
”明日への光を!”〜いじめられっ子の傾向〜(プロローグ)

 私が”いじめ”シリーズを書き始めてから週の半分が
過ぎました。これはすべて私の経験談です。こんな経験を
してきた私でも前を向いて生きてこられた、友達にも
恵まれてそれなりに恋もして・・・。人生、まだまだ
すてたものじゃない!ということを伝えたくて書きました。

 さて、今度は経験や易学的見解などから”いじめ”の
問題と向き合ってみようと思います。
 物事はすべて、「原因」「経過」「結果」で成り立つと
言われています。
 ならばまず、その「原因」やいじめられやすい傾向
などを知ることもまた、いじめられっ子をひとりでも
多く助ける手立てとして使えるのではないでしょうか?

 巷のニュースでいじめ問題が流れる度に悲しくも、
そして怒りさえも感じます。
 特に「わが校にいじめ問題は一切ございません。」
   「イイ大人が職場でいじめるなんてありえない。」
などと一切問題から目を逸らして向き合おうともして
くれない、あとから「やっぱり前言撤回します。」なんて
いうやり方で謝罪会見をしている姿。そんなときには
言い表せない怒りがこみ上げてくるのです。

 いじめのない社会なんてありえない。だから真っ向から
いじめと向き合っていく、それが私の生き方なのです。

2008/05/20 01:17
”生きてるだけで丸儲け”〜いじめられっ子からの脱出!!〜(7)

 辛い心の傷を面と向かって話すのは大変かもしれません。
 ならばこういうときこそ《メール》を活用する!という
のもひとつの手段です。何度か話すうちに面と向かって
音声や顔を見て話せるようになったらそれもきっと前進
なのではないでしょうか?!

 いじめられっ子でも人生何度だってやり直せるんです。
 心に傷が多い人ほど人にやさしくなれる。人の痛みが
解るからこそ、また苦しんでいる別の人を経験から助ける
ことだってできるのです。
 私がそのお手本になりましょう!
 まだまだこれからの若輩者ではありますが、精一杯、
あなたにたくさんの光を差し込んであげられるようにいじめ
られっ子だった私が引っ張っていきます!

 最後に、この言葉を読んでくださったあなたに
捧げます・・・。

 ”生きてるだけで丸儲け”
(私が好きな京都にあるお寺の尼さんの言葉です。)

2008/05/20 01:12
”生きてるだけで丸儲け”〜いじめられっ子からの脱出!!〜(5)

 そして「過去に結構いじめられていたんだよ。」と話して
も信じてもらえない
ことすらあります。「えーっ。逆にいじめてたんじゃ
ないの?!」なんて冗談が飛んできます。もしかすると
昔とは雰囲気が変わってきたのかもしれませんね!

 経験者として言うならば、いじめられているからといって
自分自身の存在を否定しないでほしい!
「どうせ自分なんて・・・。」と思いたくなる気持ちは
私自身よくわかります。でも、過去の自分を言い訳にして
逃げているだけでは何の解決にもならないのです。
やっぱりどこかで『私だって!!』と、たとえば今まで
自分をいじめてきた人たちを何かで見返してやる!!
というくらいの意気込みを持てるようになったら過去との
決別への道はきっと近くなると思います。

 かといって、心の傷を癒すことは簡単なことではありま
せん。
 また、今まで悩んで一生懸命頑張ってきて、どうしたら
よいかわからないのに、さらにそれ以上頑張ることが
よいとも限りません。かえってその人を追い込んでしまう
こともあります。

 だからまずはあなた自身が一生懸命頑張ってきた自分を
「よく頑張ってきたよね!」とほめてあげてください。
 そしてその頑張った心を休めるために、今度はその
つらさを私に話してみてください。
 私もあなたと同じ経験者です。
 話をしてつらいことを少しでも人に預けることによって
心を楽にしてあげましょう。

2008/05/20 01:05
”生きてるだけで丸儲け”〜いじめられっ子からの脱出”(4)

 それ以来、特に同学年の男子部員3人とは在学中も卒業して
からも何かの節目には集まって近況を報告したり、悩み事が
あると相談したり。 私にとってはかけがえのない
”親友”、宝物になりました。
 彼らがいてくれたから今の私があると言っても過言では
ないのです。
 だから私は今でも思っています。
 彼らが何か心に傷を負うようなことがあるならば、
私はどんなことをしても何があっても自分にできる限りの
力を使って彼らを助けたい。血がつながっているわけでは
ないけれど、私にとっては家族と同じくらい大切な存在
なのです。

 自分が心の中で思っていることを面と向かって言うこと
って特に過去にいじめを経験してきた人にはある種の
“恐怖”を感じることがあります。
 『本当は嫌だけど、それを言って相手が自分を嫌いに
なったらどうしよう。』
 『彼女に○○を直してほしい。でも、それを言って機嫌を
損ねたら・・・。』
 心に思ったことだとしても、過去に負った心の傷が
フラッシュバックという形で現われて踏み出せず、
場合によっては自分自身のストレスという山を作って
しまうことになりかねません。

 幸い私は手を差し伸べてくれた仲間に恵まれたおかげで
出会った人との縁を大切にしたい、お金がたとえ無くなった
としても”人”という財産がある限り私が不幸になることは
ない!とまで思えるようになれたのです。
 今では彼らの他にも数は少ないですが自分が身を削って
でも力になりたい、また自分に何かあったときにはきっと
何らかの力を貸してくれる本当の”親友”と呼べる人達に
出会うことができました。

2008/05/20 01:02
”生きてるだけで丸儲け”〜いじめられっ子からの脱出(3)

 ただ、中学の頃と1つだけ違ったのは、同じ部内で1つ
学年が上の先輩と、私と同学年の男子部員が現状を心配
して「○○ちゃん、今度の土曜日は暇?ちょっと時間を
もらえないかな?」と声をかけてきました。

 そして約束の日。

 私は彼らとボーリングやカラオケへ出かけ、遊びが終わる
と先輩が口火を切りました。
 「○○ちゃん、私たちと仲良くするのは全然構わないん
だけど、このままだと本当に同学年の子と付き合って
いけなくなっちゃうよ。
彼ら(私と同学年の男子部員3人)が心配して私たちに相談
してきたの。みんなで協力するから現状を何とかして仲良く
楽しめる部活にしていこうよ!私たちの部はものをつくる
ためにもチームワークが大切。今ならまだきっと何とか
なるから!!」

 今まで見て見ぬふり、もしくは自分が標的にされるのが
怖くて、結果、自分もいじめる側に回っていたという人に
しか出会えなかった私。
 だからこそ、この先輩や同学年の男子がしてくれた行動が
私に『この人たちを信じて頼ってみよう。自分でも現状打開
できるのならそれを見つけたい!』と思わせてくれたのです。

2008/05/20 00:58
”生きてるだけで丸儲け”〜いじめられっ子からの脱出!!〜(2)

 けれど中学3年に入り、いつしか「一緒にお弁当を
食べよう。」
と心から声を掛けてくれた子が現れました。
 クラスでは決して目立たないタイプの女の子です。
 彼女はいじめを受けたことはなかったと思いますが、
もともとあまり多くの人と関わるのが苦手な女の子でした。
 そんな子が優しく私に声を掛けてくれたのです。
 私はそのとき、本当にうれしかった。そして彼女とは
お互いに自分のことを裸にして話せる友達になることが
できました。
 今でこそ、なかなか会うこともできなくなりましたが、
それでも年賀状のやり取りはあの頃からずっと続いています。

 実は私が人を大切にしよう、もっと人を信じようと思った
きっかけがもうひとつあります。

 それは高校へ進学してからのこと。

 文化系の部活動に入部し、初めは同学年の部員たちとも
問題がなく付き合えていると思っていました。けれど、
それが先輩との仲が良過ぎたせいもあったのか、同学年の
女子との折り合いがあまりよくなくなっていつしかまた、
いじめが・・・。
 本人としては争うつもりがあったわけでもなく、また、
ただ真面目に自分としてできることをやっただけのつもり
なのです。でも、周りにはそれがうっとうしかったり
鼻についたりしていたのかもしれません。

 やっぱり孤立してしまいました。

2008/05/20 00:54
”生きてるだけで丸儲け”〜いじめられっ子からの脱出!!〜(1)

 「今、同世代の子に理解してもらおうと思っても時間が
かかる。もう少し大人になってからなら必ず君の理解者が
現れるから今は辛抱して頑張れ!!」

 いじめられていた私と向き合って話を聞いてくれた
当時の担任の先生の言葉。
 これだけ聞くと一見無責任なように聞こえるかもしれま
せん。
 でも、私にはこの言葉が支えとなりました。
 それまではたとえいじめられてもどこか仲間外れに
されたくなくて、表面的にでも仲良くしてくれる人に
合わせ、あるところできっと媚びるような付き合い方を
してきた私。でも、結局、親友などと呼べるわけもなく、
表面的な付き合いの彼らは”友達”という仮面をかぶって
陰では同じように私をいじめる側に回っていたのかも
しれません。

 でも、その先生の言葉をきっかけに自分の考えを改める
ことができた。
 『自分が媚びて疲れるような付き合いをするくらいなら
ひとりでいた方がずっと良い。本当に友達になりたいと
思ってくれる人なら自分が疲れるほど気を遣わなくても
向こうからだって心を開いて歩み寄ってくれるはず!!』
そんな風に思うようになりました。
 今思えばずいぶんと強引な考えだったのかもしれません。
 そして自分が心を開かずに人が心を開いてくれるわけは
ないのだけれど、当時の私にはそうやって思って自分に
喝を入れるしか支えていくすべが見つからなかったのです。

2008/05/18 11:03
諦めない!! 〜いじめられっ子の告白〜7

 連休が明けて日常生活に戻り2週間ほど。周りとの折り合い
がつかずに悩むのもこの時期ではないかと思い、あえて
書きました。

 いじめられてきた長い歴史をすべて書こうと思うと
とんでもない長文になります。(既に長いですけど・・・。)

 ただ、最後にこの文章を読んでくださったあなたに、
いじめで苦しんでいるあなたに私からのメッセージです。

 「誰にも話せなくて苦しいかもしれない。わかってもらい
たくてもそれができないその苦しみを、”死”という選択を
する前に私に話してください。話すことで少しは楽になる
こともあります。そして私もあなたと話を続けることで
時間をかけてあなたが少しずつでも前を向いて歩けるように
一緒に考えます。だからどうかせっかくこの世界に与え
られた命を自ら断とうと考えるのを少し待ってください。」

 以上、長い文章を読んでくださった皆様、ありがとう
ございました。お疲れ様でした。

2008/05/18 10:59
諦めない!! 〜いじめられっ子の告白〜6

 昔、ある男子に「お前がオトコに抱きしめられるなんて
地球が180度逆さになってもありえない。」と面と向かって
言われたこともあります。思春期の自分にとってはつらい
一言です。
 でも、私は「いつかきっと自分のことをちゃんとわかって
くれる人に出会える日が来る!」と信じて生きてきました。
おかげでだいぶ後になってからですが、数は少なくても
自分のことを親身になって心配し、私自身も自分の心を
さらけ出して話せる親友に恵まれ、また、旅先や職場を
通じて知り合った人たちもいまだに交流を続けられるような
人間関係を築くことができるようになって今日、この世界に
息をして生きています。

 時代が移り変わる中で親が共働きをするのが当たり前、
「ただいま。」と家へ帰っても部屋には自分ひとり
だったり、インターネットの普及でドラマでも取り上げ
られるような裏サイトの存在。本来の”友達”の意味が
わからなくなって自分の心の叫びをただ閉じ込めるしかない
方だっていないとは言えないような気がします。

 ならば私と話しましょう。
 本来、こういう仕事というのは自分の過去や私生活などを
あまり明かすべきではないのかもしれません。
 自分が過去に受けた心の傷だとしてもそれを隠して話を
聞くべきなのかもしれません。
 でも、その心に受けた傷の痛みは経験者にしかわからない
ものです。
 いくら想像しても経験のない人には「きっとこんな風に
思っていたんだろうな。」
という推測でしか話すことは難しいでしょう。

2008/05/18 10:56
諦めない!! 〜いじめられっ子の告白〜5

 だけど、こうやって過去を振り返ることができるのは、
私が今、ここに生きているから。
 命をもらって、苦しいことがあっても「どうしたらいい
んだろう?」と悩んでもそれでも必死に生きてきたから。
 残念だけど、いじめはきっとどんなに時間がかかっても
なくならない。
 それどころか時代が変わっていくごとに形を変えて悪質に
なっているのかもしれない。もしかしたら今、いじめを受け
て悩んでいる子どもたちは私が受けていたいじめよりも
もっと辛いことを経験しているのかもしれない。
 そしてそのいじめは子供だけでなく、大人の世界でも
なくならない。
 自分のストレスの矛先を人をいじめることで発散している
人がいたりするのも現実あり得ることです。

 いじめられっ子はいじめられた経験から自分に自信を
なくし、人の顔色を伺い、ひどくなると精神的な病を患う
こともあります。でも、いじめている方はたぶんいじめ
られている人の人生がどうなるのか?なんて考えたことは
きっとないでしょう。いじめの痛みはいじめられた経験の
ある人にしかわからないもの。
 たとえいじめが原因で人生が狂ってしまったとしても、
いじめっ子がその責任を負ってくれるわけではなく、
また、無責任なような気もしますが、特に学生時代に
いじめてきていた人たちは、大人になって都合よくそれを
忘れて選挙などの困っているときに連絡をしてきたりする
ものです。いじめられて辛い思いをしてきた過去がこちらに
あったとしても、彼らにとっては「そうだったけ?」
ということでしかないのです。

2008/05/18 10:51
諦めない!! 〜いじめられっ子の告白〜4

 今、あの頃を改めて振り返り、なぜ、自分がいじめられ
続けたのかを考えました。
 自分としては子供なりに一生懸命正しい行いをしていた
つもり。
 親から「人に迷惑をかけない。」「困っている人がいたら
助けてあげよう。」
「悪いことはしてはいけない。」などと言われてきたことを
守り、正義感や責任感を貫いていたつもりでした。
 けれど周りの状況を見て行動していたかと言えばきっと
違ったんだと思います。今でいう”KY(空気読めない)”
だったんですね。
 周りを見ずに自分の気持ちだけで一生懸命やっても周りが
ついてくるわけがありません。
 心は『一生懸命やっていることを周りに認められたい』
という劣等感からくる”偽正義感”が無かったとは言えない
かもしれません。それが周りの同級生が快く思わずにいじめ
という形になっていったのかもしれません。

 学校へ行きたくないと思ったこともあります。でも、親は
それを許してはくれませんでした。だからたまに仮病で休む
ことが心を休ませていたのを覚えています。
 でも、「死にたい。」とは思いませんでした。
 「もし、ここから落ちたら死んじゃうかな?そうしたら
みんなお葬式に来てくれるかな・・・?」と考えたことは
あります。でも、死ぬ方法を真剣に考えたことは一度も
ありません。死にたくはなかったから。ただ、自分の
存在をそうやって確かめていただけなのです。

2008/05/18 10:46
諦めない!! 〜いじめられっ子の告白〜3

 また、こんなこともありました。
 同級生のある男子が「これ、廊下に落ちてたよ。」
とルーズリーフを1枚私に渡してきました。そこには
卑劣な悪口や「お前の裸は○○・・・」などという
今ならセクハラとも言えるべき絵までご丁寧に書いて
ある紙でした。
 それをきかっけに「何となく見てるとムカつく」と
1学年上の先輩までが「顔を貸せ」と呼び出してきたり、
クラスでは”輩(やから)”というあだ名までつけられて
きっとその頃は一人の人間として扱われていなかった
のでしょう。
 ”輩”という言葉の意味が分からなかった私は家へ帰り、
辞書で調べました。
すると『よくない連中』という意味。彼らが言葉の意味を
理解して使っていたかは定かではありません。ただ、
自分の感覚として言えるのは人間以下の下等扱いで過ごした
中学時代。

 もちろん、担任の先生に何度か相談したこともありました。
 そのときの先生に言われた言葉は、「同世代の子たちが
今、君のことを理解するのは無理だ。もう少し時間がたてば
必ず理解者が現れるから辛くても今は辛抱して頑張れ!!」
ということでした。
 私は「仕方ないんだな」と思いました。
 いじめられる原因もわからず、ただ耐える仕方ない日々。
 肉体的な暴力より、心に傷をつける精神的な言葉の暴力の
方がより辛かったような気がします。

2008/05/17 22:19
諦めない!! 〜いじめられっ子の告白〜2

 それが次第に顔も分からず、便乗いじめのようになって
いったのは中学2年生の頃。

 あこがれの先輩をまねして校則でも許させる範囲で
通学用にかわいい靴を買ってもらい、下駄箱に入れている
と帰りにはカッターで切られたような跡がかかとに残って
いる。
 しかも、表面的にはわからないように大きく無残に
切り刻まれたのではなく、上手にゴムのところだけに
刃の跡があるのです。

 初めはいじめだとは思いませんでした。たまたま何かで
引っ掛けて切れているのだと思っていました。
 でも、新しい靴に変わるたびに切り傷が増えていくのです。
 いい加減自分でも嫌になった私は下駄箱から教室まで
靴を持って行くことにしました。

 そのうちに今度は教室で履いていたスリッパが隠される
ようになります。
 学校の下駄箱は誰でも自由に出入りできる入口にあるので
誰がやったかなんてわかりません。
 それから結局教室で履いているスリッパも下駄箱から
教室へと置き場所を変えざるを得ませんでした。
(先生が遅くまで出入りするせいか、教室にあったものが
隠されたり傷つけられたりすることが幸いなかったので、
教室が私の靴を唯一守れる場所とその頃は思っていました。)

 それからずっと卒業するまで、私は朝、登校すると履いて
きた靴を持って靴下のまま教室へ向かい、教室でようやく
スリッパに履き替え、帰る時はまたスリッパを脱いで靴下で
下駄箱に行って靴を履く。今思えばとても滑稽なことを
していました。           (明日へつづく) 

2008/05/17 22:15
諦めない!! 〜いじめられっ子の告白〜 ?

 中学校時代、私の靴下はいつも真っ黒でした。

 黒い靴下を履いていたわけではありません。
 校則では三つ折りの白ソックスと決められていました。
 でも、学校へ行くと朝は真っ白だったはずの靴下が
いつも黒くなって家へ帰るのです。

 そう、私は学年中でも有名な”いじめられっ子”でした。

 もともと、幼稚園でも小学校でもいじめられるのは
日常茶飯事。まぁ、その頃はまだ、いたずらや仲間外れ
程度のまだかわいいものだったのかもしれません。
 父の転勤で名古屋へ引っ越し、初めのうちは新しい土地で
「やっといじめから解放された!」と喜んでいました。
 でも、実際はもっと陰湿でひどかった。

 バイキン扱いで「触ったらうつる!」とそれをネタに周りでは
鬼ごっこをしながら笑い者扱いされたり、シカトされたり。
 「大丈夫?」と助け船を出してくれていたはずの
クラスメイトも結局はいじめる側に回ってあの頃の私と
しては裏切られたような気持ちでいっぱいでした。
私の前では友達の顔をしながら、裏ではいじめっ子と
一緒になっていたのです。

2008/05/17 00:13
”先入主(せんにゅうぬし)となる” 〜先入観を払しょくしてステップアップ!〜

 私たちが生きている世界できっと永遠のテーマとなる
のが『対人関係』です。ストレスの原因となる多くは
ちょっとしたボタンの掛け違いで衝突が起きたり、いじめ
があったり。言葉のニュアンスが受け取る側によって不快に
思われたり・・・。

 あなたの心に苦手な人、好きになれないと思っている人
はいますか?もし、いたとしたら、その人に接しなければ
ならないときにイライラしながら話していたりしませんか?
 このことわざは、先に頭に残ったことが先入観として
ネックになり、考え方が狭まって限られてきてしまうという
アドバイスなのです。

 また、やる前から「自分にはできない。」「ありえない。」
などと決めつけているとせっかくの可能性を自分自身で
摘んでしまいかねません。もしかしたら踏み出したことが
きっかけで新たなスキルが見つかるかもしれないのに、
もったいないですよね?
 人にしても、ものごとにしても、意識の中からマイナス
イメージでスタートするとプラスに転じるのは結構大変
なときもあります。逆に「やってもできないかもしれない。
でも、やってみなきゃわからない。」「あの人のことは
苦手だけど、自分の接し方を優しくすればもしかしたら
少しは状況がよくなるかも?」とプラスに考えてみると
案外周りも快く受けてもらえるかもしれません。

 先入観にとらわれ過ぎてしまうのもよくないのかも
しれません。勇気ある第1歩が幸福(開運)へと結び
つけてくれることでしょう。

2008/05/15 23:05
”魚は殿様に焼かせよ、餅は乞食に焼かせよ”〜得意分野を活かす!!〜

 どんな人でも、たとえ些細なことでも必ず
「これならできる!!」というものを持っているのでは
ないでしょうか?語学力に長けている人、数学的な考え方が
得意な人。お城の歴史なら誰にも負けない!とか、もしくは
勉強はからっきしダメでも、スポーツや料理、裁縫なら
任せて!!などなど・・・。

 このことわざは、『魚はじっくり時間をかけて焼くと
美味しいので、普段からおっとりしている殿様に焼かせる
とよいが、逆にお餅は何度もひっくり返しながら焼くと
おいしいので、普段からお腹を空かせている人に焼かせる
とよい。』という意味で、言い換えれば、物事の達成には
人の向き、不向きがある、ということになります。

 ただ、必ずしも自分の天職に巡り会えている人ばかりでは
ありませんよね?その多くがそれを探し求めて日々、もがき
苦しんでそれでも見つからないのです。また、自分の天職だと思って
就いてみてもどうも違う。
自分には才能なんてないのでは?と悩んでしまうことが
あるかもしれません。思い込みが強い分、辛さもひとしお
でしょう。

 みなさんの生年月日等から導き出される”星”もまた、
その人に合うものを教えてくれます。
 せっかく命をもらったのだから、天から授かった才能を
活かしてみませんか?それが何か?ということならお力に
なりますよ!!

2008/05/14 23:05
”笑う門には福来たる” 〜晴れやかなココロは笑顔から?!〜

 ある朝、某大企業の前を通ると、
 「おはようございます!!!」
とさわやかな男性の声が聞こえてきました。
 思わず声の先に目を向けると、これぞまさに”快晴”と
言うべき笑顔!!と思えるような表情で門を通り抜ける
社員の方へ繰り返し声をかける男性の姿。
 通りすがりの私も何だか元気をもらった気がしました。

 不思議ですよね?!”笑顔”が幸せな気分を運んでくれる
なんて・・・。
 『笑』っていう文字そのものが人が笑っている顔にも
見えてきませんか?

 電話応対が多いサービス業などでは、自分の席に手鏡を
置いている会社も多くみられるようですね。これは、たとえ
相手の顔が見えなくてもあたかも目の前にその人がいる様に
想像しながら笑顔を絶やさない応対を心がける為だそうです。
 私も経験がありますが、真顔での電話応対と笑顔での応対
では声のトーンもだいぶ違うんです。ということは、相手が
受ける印象も笑顔一つでずいぶん変わるのかもしれませんね!

 ならば明日から毎朝鏡の前で笑顔度を測ってみませんか?
 もし、「う〜ん、イマイチ・・・」と思ったら鏡の自分に
向かって「ピーチ!!」と言ってみてください。自然な
笑顔づくりの練習になると思いますよ!

 
 

2008/05/13 23:25
”地獄の釜の蓋も開く”〜煮詰まったら無理せずリラックス♪〜

 ”地獄の釜の蓋も開く”
 これには『お正月とお盆の16日は地獄でさえもお休み。
そこに落ちた亡者を煮るための釜の蓋も開けて休む』
という意味があります。

 タイトルにいきなり”地獄・・・”だなんて暗い話?
と思われたかもしれませんね。もし、それに不快感を
抱くようであればごめんなさい。
 実はそんな縁起の悪い話ではなくて、休みボケも次第に
抜けてエンジンがフルスロットルになり始めるのでは?と
思うこの辺りに無理をし過ぎず、たまには何かホッとできる
息抜きもしてほしいな、と思って書いたものです。

 調子が良い時、後ろを振り返ることも忘れて突っ走ること
ってたくさんありますよね?でも、スランプに陥ると今まで
の追い風がウソのように仕事や勉強のリズムに乗れなかっ
たり、斬新なアイディアも全く浮かばなかったり・・・。
時にはミスをしてしまうこともあるかもしれません。
 そんなときこそ、焦らずに自分の頭と心を休めてあげて
みてください。
 フラッとひとりでおしゃれなカフェへ行き、ボーっとして
みる。温泉巡りをして血流を良くしてみる。テレビゲームに
没頭してみるなど・・・。案外何もかも空っぽにしてみると
新しいものが発見できるかもしれませんよ!

2008/05/12 23:27
”幽霊の正体見たり 枯れ尾花”〜自ら生み出された恐怖心〜

 誰もが抱く「不安」や「恐怖心」・・・。
 「明日のテスト、単位が取れなかったらどうしよう?」
 「あそこのグループ、みんなで集まってこそこそと
何を話しているんだろう?もしかして私の悪口?」
 「ミスってしまった!」上司に嫌われたら・・・。」

 精神的にいっぱいいっぱいで心が弱っていく程にそんな
不安や恐怖が高まっていくのかもしれません。そして、
このことわざはビクビクと臆病になればなるほど逆に
できることまでできなくなり、すべてが怖いものに見えて
しまう例えです。

 不安材料というものは、遠くからそぉ〜っと覗いていると
自分の力ではどうすることもできないんだと諦めがちです。
でも、勇気を出して一歩踏み出してみてください。実は
自分が難しく考え過ぎていただけで、案外、抜け道がすぐ
目の前にあったりするものです。

 臆病神に憑かれるとせっかくの可能性を自らの手で先に
摘んでしまうことが多々あります。もったいないですよね?
 たまには「えいっ!やってしまえっ!」くらいの勢いを
持って進んでみてはいかがでしょうか?今まで見えて
こなかった新しい道が開けるかもしれませんよ!!
 

2008/05/12 23:17
GWを終えて・・・

 みなさん、こんばんは。
 GWも過ぎ、日常生活へと戻って1週間が経ちました。
 夢から目覚めた身体や心はついていけてますか?

 受験を冬に控えた学生さんたちは、そろそと本格的な勉強!とねじり鉢巻きを心に締め始めた頃でしょうか?

 でも、やっぱり冬眠から目覚めた動物たちと同じでなかなか本調子にいかないこともありますね。そしてその心が不安定になりやすいのもきっとGW明けが顕著なもかもしれません。

 そこで!

 これからしばらく、ことわざや四字熟語、論語なども引用したりして、みなさんの心に少しでも晴れやかな思いが芽生えるようなサプリをお届けしていきたいと思います。

 受験生のみなさんにとってはもしかするとテスト勉強でもお役に立つような話があるかも(?)しれませんね^v^

 では、早速、別のページに今日の言葉を書こうと思います。

2008/05/11 23:09
さりげない優しさ

 もう、しばらく前の話ですが、あるアジア諸国出身の女性と出会い、一緒に伊勢神宮へ行くことになりました。彼女は国からの支援で日本にある技術や日本語を勉強してそれを国へ伝達するための留学生でした。

 伊勢へ車で走行中の急な雨。中距離といえども彼女にとっては慣れない土地でのドライブ旅行は休憩も必要だと思い、サービスエリアで休憩を取るべく、とあるサービスエリアへ入ったときのことです。
 bathroomから出て、鞄からハンカチを出そうと探していると、横からそっとハンカチが出てきました。
 顔をあげると笑顔でそれを差し出す彼女の顔。
 そして外は雨が強くなり、霧雨なら大丈夫だろうとお気楽な気持ちで傘を持たずに外へ出たおバカな私・・・。
 走って車まで行っても大した距離じゃないし。なんて思っていたら横からまたスッと傘が開いてまた「ハッ。」としていた私。全てがさりげなく、かゆい所に言われる前に手が届く。それが押しつけがましいわけではなくて、さりげない本当の優しさ、温かさ。
 日々の暮らしが忙しくて心のゆとりがなくなると忘れてしまいがちなそんなさりげない優しさを、余裕がなくなりそうなときに彼女をよく思い出します。
 自分もやっぱりそんな女性らしさを忘れないようにしたいと改めて思う、今日この頃です。